第4回サバニ帆漕レース

2003年 6月22日 第4回 座間味〜那覇間 (約40K) の サバニ帆漕レースが開催されました。

第一回から、このレースが始まることは知り合いをとおして、耳に入っていた。 ありがたい事に参加の案内も頂いたのですが、残念ながら私達には、まだレースに参加できる程の知識も能力もなく、毎回 毎回  指をくわえて眺めていた。

私達 海想は 海 をテーマにした商品を扱っている。こういうイベントにも参加出来ないで何が「いつも海を感じていたい!!」だ 「商品を造るにあたってはその事をしっかり調べ、どういう客層にも絶えうる商品でありたい!」だ、 だとしたらサバニTシャツを作っている私達こそ参加すべきではないか?そういう後ろめたさもあった。
今回 やっとその責任を果たし、憧れの舞台に立てた。 ここではこのレースのことをお伝えしたいと思います。

   

第一章 

2002年 8月 幸運にも名護図書館で 「舟大工 新城 康弘の世界」 と題してサバニの企画展を拝見することができた。 この事がきっかけで新城さんと出会い今回出場する海想号のサバニを発注する事となった。それまでも私達は自店のサバニをTシャツのデザインに採用するため少ない資料を集め博物館等へ行っては実測したりしていた。この企画は私達にとって分らないことだらけの疑問を解決してくれる願ってもないチャンスだった。そして数年来の夢だったサバニレースへの参加が、具体的な形となって、思い描けるようになった。

  02年 11月

注文から3ヶ月後 完成の連絡が入った。
製作途中を一度だけ新城さんの工房にお邪魔した。ちょっとではあるが仕事も拝見できた。 注文して完成した姿しか見れないのとでは大きな違いがあるように思う。ちょうど子供の出産に立ち会うようなものかも知れない。サバニとそれにまつわる話を聞きたくて一日だけ新城さんの家に泊めて頂き、いろいろな話を聞くことができた、新城さんのお話はまるで二人を、 若かりし日の新城青年の時代へと導いてくれた。 いつまでも話していたい、もっともっと聞きたい思いにかられた。 この感覚は何だろうと思っていたそれは92歳で亡くなった祖父を感覚的に思い出していたのかも知れない。祖父も70才を過ぎるまで潜水夫をしていた。 小さい頃祖父の行った外国での話を子守歌のように聞いていた。 何度 同じ話を聞いても飽きなかった。 むしろますます鮮明に見たことの無い世界を子供がてらに映像化していた。 新城さんとの貴重な時間だったと思う。 美しくもすばらしいサバニを造ってもらい、一緒に魂も付いてきたような気がする。

 

石垣島から運ばれて来た真新しい杉の香りのするサバニを改めて目前にして このサバニを生かすも殺すも、それを扱う私たちにかかっている。  長い歴史の中で磨かれ、遠く海外まで行き来した海洋民族沖縄の「海人」の魂の全てがここに凝縮されている。 このサバニはこれから、どういう年を重ねていくのか想像すら出来ないが、少なくとも私より遥かに長生きして、サバニを愛する人々の手に渡り、帆を上げ、風を受け 悠久の時を超え沖縄の海にその勇士を浮かべてほしいと願う。
その一歩が、この時代 この場所から始まろうとしている。

2003年 4月 13日  友引   進水式の日

前もって簡単な進水式のやり方を新城さんから聞いていた。
米 刺身 泡盛  の供え物をサバニの前 中央 後ろに供え 航海の安全に手を合わせる。

一連の行事が終わると、待っていたかのように強いどしゃ降りの雨が降ってきた。昼食をはさんで潮を待つ午後になると今までの雨がうその様に晴れ上がった。ちょうど満ち潮に入る時間帯だ。前もって聞いていたことで重ねて注意されたことは海に下ろす時間は満ち潮に下ろすこと。引き潮に下ろすと漁に出て 帰って来れないという言い伝えがあるという。ど素人の私達を見かねた海の神様が進行役を担ってくれた。

    


この日参加してくれた人達が結局、今回のレースの中心的なメンバーとなった。
このレースに参加するにあたって、いくつかの決め事をした 参加する限りレースと名の付く限りは、可能性はともかくトップを目指すのは、当然の事として

1. ただし屈強なメンバーを何の脈略もなく集め、いわゆるドリームチームのような集め方はしない。あくまで中心メンバーは海想のスタッフ、 後は自然と集まるにまかせる。今回クルー7名の内、女性を含む4名は純海想スタッフ、後の3人は いずれも友人という構成 あえて手弁当での参加とした。
2. 気持ちよく座間味のスタートラインに立つ。 そのための準備に最善を尽くす、古座間味(座間味の東側のビーチ)のスタートラインに立ったとき、あれも出来た、これもやっとけば良かった というような事だけは無いようにしよう。やれる事は可能な限り全てやった。限られた時間の中で、これ以上何が出来たのか?と自分に問えるだけの準備をしよう。


表彰式で優勝したナイノア トンプソンさんが言っていた事が、印象に残る
「私達が一番最初にゴールを切ったのが価値ある事ではない。海洋民族である私達はこれからも、この技術や精神を守り続け、誇りを持ち続ける事が最も価値ある事だ」と
私もまさにこの事が最も価値ある事だとおもう。





進水式を終え一段落してから、多少落ち込んでいた。レースの参加すら出来るんだろーか?とさえ舟を直進させるどころか転覆しそうになりバランスをとるだけで精一杯だった。 初めてとは言え、あまりにもふがいない結果に、生半可な練習では乗りこなせない事を悟った。この不安定さを乗りこなすには、あまりにも時間が無さ過ぎる。残るは安定させるためにアウトリガーを付ける。本来伝統的なサバニには、ミクロネシアや南方系の船のように、サイドに安定させるための横木をいれているものは無いが、この大会の場合は安全を考慮してアウトリガーは付けてよいことになっている。 この選択しかなかった。物を造る事に関しては私達は毎日やっている事、言わば プロである。 ただし、鯨のレプリカは作れても アウトリガーは初めての事、長さは? 幅は? 高さは? 形は? それを支える材質は何を? 木? 竹?FRP? その位置は? アウトリガーだけでも、ざっと考えても 分からない事だらけなのに 他にラダーは?(舵) マストは?マストの材質は?長さは? 帆はティンナー(帆用ロープ)は エーク(櫂)は…・・

  

2ヶ月足らずでやらなければならないことは山ほどある その一つ一つに小さなドラマがあり、ここで紹介したいところですが、・・


まず 最初に動いた事はレース用のサバニが一番多く残っている座間味に渡り、過去
3回全てのレースに参加し、いずれも上位を占める諸先輩方から情報を収集。 私達の周りにはアドバイスを請う先輩もいなければ経験も無いゼロからのスタート、少ない資料を幾度となく開いては首を傾げる。それでも工房ではひとつひとつ完成していった。
大会の日が近ずくにつれて海に出る回数も徐々に増え、出るたびに問題点が山のように浮かび上がってくる。マストを変え、 帆を変え、 エーク(櫂)を変え、舟を傷めては補修し その度事に各部の限界を知っていった。強風にマストを2本 立て続けに折ったりもした。波高2〜3メートルの波にサバニが前と後とでねじれているのがはっきり見てとれる。不思議と体への負担はない。こんな時同じ大きさのFRP船だったら持ちこたえる事が出来るだろうか?恐らくは、したたか波を叩いては大きく覆いかぶさった波に突っ込むだろう。鉄船やFRP船には無い、木で出来たサバニのしなやかな強さに、その高性能に改めて感動した。

こうして座間味に送られて行くまでの間 やれることはやったと思える。やりたい事は しかし まだまだあるし、際限はないと思う。 たとえさらに後一ヶ月の時間的余裕があったとしても、毎日 毎日 サバニを前に悪戦苦闘しているに違いない、限られた時間の中で満足できる準備ができたと思う。現時点で私達海想はどのレベルにいるのか見当も付かない。だけど 初めて海に下ろした進水式の4月13日よりは遥かにレベルアップしていると思う。全ての道具を使い 補修し わずかでも手に馴染ませる事によって何より自信につながる。「もしかしたら諸先輩達と一緒に戦えるかも」 レースに参加するにあたって古座間味ビーチのスタートラインに、納得した 空っぽの自分がいてほしい、この目標は達成した。このレースの目的は現時点で達成された 後は仲間と一緒にこのレースを精一杯楽しむ事


釣りは、釣りを楽しんでいるその瞬間より、それに向けて、あらゆる状況を想定し試しては改良を加える、この事がのめり込む原因になり楽しいと言われるが、釣りに限らず、あらゆる事に言えるかも知れない。今回の一連のレースを回顧してみると、表彰台に上っている姿、快調にサバニを走らせ、地元 3位に入った座間味丸を追い抜いた瞬間も思い出深いが、前日の戦略ミーティング 約束も無しに座間味の港に次々に集まり夜が更けるまで、サバニ談義 日が沈み練習から帰ってきた地元 チーム座間味丸のモノトーンのシルエットの美しさ 工房では帆の色はどうする? 帆はやっぱりブタの血に限る と言っては ベタベタ ブタの血を帆いっぱいに塗りたぐり、塗り終わって、乾かすためにいっぱいに帆を広げたら、待ってましたとばかりに大雨が降り出し、雨に洗い流された血がダラダラと…それはそれは おぞましい光景が展開される。このように何とも効率の悪い事を繰り返し だけど終わってしまうと貴重な時間だったと思う。

   

古座間味ビーチにレースを待つ数十艇ものサバニの光景を 数年前まで誰がこの光景を想像出来ただろう? そしてこの中に私達 海想のサバニもレースの一員として並んでいる。 出来ることならひと時でもこの時間がゆっくりとゆっくりと時を刻んでてほしい。 

スタートのホーンが鳴る それは終わり向かってただただ時を刻むだけなの
だから…・

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